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いろいろあるけれど…

インタビュアー 「直線は力強い伸びでした」

福永祐一 「そうですね。本当に全馬が死力を尽くした、いい競馬だったと思います。」

インタビュアー 「ジョッキーは18度目の挑戦で初めての天皇賞・春制覇。親子制覇にもなりました」

福永祐一 「そうですね。まあ、親子っていうところはアレですけども、天皇賞という非常に格式の高いレースを勝つことができて、光栄に思います。」

第163回天皇賞春、レース後の福永祐一騎手の言葉がすべてだった。
さらに要約すると…

「歴史と格式のあるレースで、全馬死力を尽くした中、ワールドプレミア号と福永祐一騎手が優勝した。」

すっきりした。
福永祐一騎手のインタビューは素晴らしかった。
具体的には書かないが、個人的には周りのゴタゴタから本命にしなかったワールドプレミアだけど、全馬絞り切った中で、それを受け止めて上回った。

素晴らしい。おめでとうございます。

ワールドプレミアは菊花賞馬であり、福永祐一は日本ダービージョッキーである。
伝統、格式は品位を伴わなければ、誰も尊重しないだろう。
逆にいえば、伝統と格式をぶち壊すのは簡単なことかもしれない。

私は単純肉体労働者だ。
だから舐められたくなくて、頭を染めたり、身体に穴を開けたり、彫ったりしなかった。
髪を短く切り、清潔な格好で現場に出た。
それが周りにどう見えるかは知らないが、自分がそうしたいからしてた。
とにかく、外に出るときに自分で嫌になるような格好はしたくなかった。

武豊は世間の多くの人から競馬の人の象徴と思われている。
故に、武豊が汚い格好や、だらしない言動をすれば、競馬人の品格を世間が疑うだろう。

日本中央競馬会もそうだろう。
博打、ギャンブル、鉄火場…
そんなイメージを取り除きたくて、若い女の子が1人でも楽しめる、クリーンで公正で楽しいレジャーというような部分を強調して、危なくない女子供でも楽しめる日本競馬!とイメージ作りをしてきたのではないか?

馬は馬主さんのもの。
競馬は、それに関わる全ての人とファンのもの。
施工者、競技者、ファン。
どれが欠けても成り立たないだろう。

馬主さんは馬にお金を出す。
ファンは競馬にお金を出す。

勝馬投票券の売上がなければ、日本の高額賞金は維持できない。

馬主さんは身銭を切って馬を買う。
ファンは身銭を切って馬券を買う。

世の中、そんな綺麗事ばかりじゃないよ。

わかってる。
いや、わかってないが、そんな事は知らん。
公の事は誰もが見れる、聞ける状態でないとだめだ。
その前提があって、ファンタジックで曖昧な世界が許される。

競馬ファンは野球のように、判定がおかしいと思ったら、リクエストして審判に裁定を求めるような事はしないだろう。
嫌になったら、口座を解約して来週から馬券を買わなければいいだけだから。
競馬以外の他の楽しみを見つければ、競馬による喪失感なんてすぐに忘れてしまうだろう。

今日のワールドプレミアと福永祐一を、競馬ファンを道化にさせてはならない…とは言わない。
もし、日本競馬がそうなるなら、積み重ねてきたものを自ら手放したというだけだし、そんなものに1つも興味が湧かないし、惜しくもない。

前にコラムに書いたけど、根岸、横浜競馬場の跡地に行った時に感じた風。
あそこに身を置いたときに感じた不思議な気持ち。

エンペラーズカップ、帝室御賞典、天皇賞。
そこで行われていたものの記憶は、土地に残るんじゃないか?
俺は今その風景の中にいて、それを感じてるんじゃないか?

何を言ってんだオメェは?
お前のようなアホがそんな難しいことわかるわきゃねぇだろ?

なるほど。
それもそうだ。
だが、そこに立って風に吹かれたことのない奴らに言われたくない。

もう一度、今日の福永祐一騎手のインタビューを。

「天皇賞という格式の高いレースを勝つことができて光栄に思います。」

クソガキにゃ言えねぇな。
借りてきた言葉になってしまう。
福永祐一をそこに導いたもの、そこに行くためにしたであろう努力、払った犠牲。

福永祐一の言葉は、多くの人に届いたのではないか?

何度も繰り返し見ればいい。
パトロールも。
何度見ても素晴らしいレースだろう。
全馬死力を出して勝ちたかった、格式の高いレースを。
皇室から楯が下賜される、天皇賞を。
その格式、歴史に恥じない素晴らしい内容のレースを。

きっと、キングヘイローや全兄のワールドエースは、共に戦った男の辿り着いた先を誇らしく思ったのではないかな。

「こんな日が来るから、競馬ってたまんないよなあ。」

「ほんと、俺らに乗ってる頃はさ…」

「まあいいじゃないの先輩、俺の弟を最高のエスコートだったし。」

なんて言ってたりしてね。

とにかくいろんな見方はあるだろうが、今日は福永祐一に免じて流して欲しい。
改めて言葉は大切で、伝える、伝わる力のある言葉の力を感じた。

あの厳しいレースを全馬で作り上げ、勝者は奢ることなく答えたのだ。

俺の言葉なんて無意味だ。
一度、福永祐一のインタビューを聞けばそれでどんなレースだったかわかるだろう。

とにかく、また福永祐一に感動させられてしまった。
その言葉に、天覧競馬でゴール後スタンドに礼をする何人かの姿を思い出したもの。

日本競馬の歩み、積み重ねてきたもの、先達の、人々の思いを汚さないような日本競馬であって欲しいと、心から願います。

pirocks

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