これはとあるカップルの金曜の夜の物語である。
少し変わったとこがあるとしたら、2人は競馬を通して出会い、仲を深めたことだろうか。
「ただいま。東スポ買って帰ったよ。」
「おかえり。1週間ご苦労様。先にお風呂入っちゃな!」
「んぢゃ、先に入らせてもらうかな。今日も暑かったわ。」
「あなたの好きな黒星冷やしてるから、早く入っといで。」
「お、いいねぇ!黒星飲み干して、明日は白星だな!」
風呂上がり、プシュッとビールを開けつつ東スポを広げる。
チラッと彼女の方を伺いながら、ますば街頭淫タビューに目を走らす。
audio visual系のランキングを確認し、箱モノの顔出しもチェック!
これを彼女に見つからないようにすべて短時間でこなさなければいけない。
東スポ道は、深く険しいのだ。
まず、競馬のとこを抜き出す。
そして、半分に切り、各場の1レースから並べる。
その頃、つまみが食卓に並び始める。
良い女だ。酒飲みの俺の好みをわかってる。
料理を並べ終えると彼女もグラスを持って横に座った。
テレビをつけ、色々とチャンネルを回していたが、あまりお好みのものはないようで、グリーンチャンネルに合わせてくれた。
「あんたは競馬があるから良いだろうけど、こんな世の中じゃどこも出かけらんないしつまんないなあ。せめて競馬場開いてれば、居酒屋府中競馬場で昼飲みできるのに…今の季節なら芝生で風が気持ち良いだろうねぇ。」
「まあそう言うなよ、明日バチっと決めて前に言ってた靴買ってやるからさ。」
「ん?あんたそれ半年前くらいからずっと言ってない?」
「んー、明日の朝はわりと固そうだなあ。俺くらいガチガチの決着じゃねぇかな?」
「何言ってんのよあんた。あんた最近飲んだら三浦の単勝くらい怪しいじゃない?軸になってないし。」
「いやいや、こないだは疲れてただけで、1番人気のルメール軸くらいの信頼度だっつーの。」
「どうだか。ダートのルメールくらいでしょ?」
「そうなんだよ。あいつも途中で諦めて追うのやめるから…て、俺は最後まで着順上げに追うつーの!」
「ちょっとアタシにも見せてよ。女の勘てのを見せてあげるからさ。」
「ほらよ。」
新聞を渡して立ち上がる。
ワイングラス2つと、冷蔵庫からキリッと冷えた白ワインを持ってくる。
鍋でも、冷奴でも、肉でも魚でも、家飲みの時は白ワインだ。
ボトルを飲みきれば終わり。
飲み過ぎることもない。
今夜はゴール板まで持たせなければならない。
明日の競馬のこともあるが、休日の前の晩くらいがんばっとかないと、乗り替わりなんて言われた日にゃ目も当てられない。
「へー。ケンタッキーダービー馬は禁止薬物疑惑だって。あんたもそろそろ禁止されてない薬物が必要なんじゃない?」
「バカヤロウ!俺はロベルトクロスでガチンコ勝負対応型だっつーの。薬物なんて必要ないさ。おめぇは俺のナリタブライアン並みの太い脚をしらねぇのか?」
「んー、どうだろ?どうだったかなあ?新馬戦の時は来年のダービー馬だと思ったけど…」
「んだろ?俺もたまには良い脚使うんだよ。」
「でも一瞬の切れで勝負するとかいうけどさ、脚が速過ぎるし、ほんとに一瞬だし…」
「それって褒めてはないよね?」
「まあ、たまには太いの当ててご飯でも連れてってよ。」
「んだね。たまには俺のくらい太いのを当てたいなあ。」
「だからあなたは…」
その夜のことである。
もちろん、釣りバカのように、競馬バカも…
「合体」
となったわけだが…
ここからは実況でお送りしよう。
「全馬スムーズにゲートにおさまりました。」
「さあスタートです。」
「おおっと!彼氏は落馬か?」
「なんとか踏みとどまっている。」
「泉谷楓真ばりの身体能力で体制を戻した。」
「レースは彼女を先頭にゆったりとしたペース。」
「さすがに歴戦の古馬といったところ。非常に落ち着いた流れです。」
「おおっと!1週目のスタンド前、歓声に驚いて彼氏がかかってしまったか?」
「口を割っています。抑え切れるか?長距離のレース、このロスは痛いか?」
「さあ先頭は3コーナーにさしかかる。」
「おおっ!いったいった!彼氏がいった!もうたまらんと言う表情です。」
「なんと辛抱のない男なのか!これで最後まで持つのか?」
「3コーナーで先頭に並びかける!しかしここはゆっくりとゆっくりと登り降らなければなりません。」
「果たして彼氏は大丈夫か?並ばれたが彼女の手応えが良い!」
くっ、そうだ。
俺はライスシャワーだ!
ライスシャワーになるんだ!
ブルボンもマックイーンも見ててくれるはずだ!
鞭などいらぬ、さあ押せ!
「さあ彼女が先頭で直線に入った。」
「彼氏が並びかける!先頭か?」
「内から彼女が盛り返す。」
「彼氏か?彼女か?」
「もう一度ここで彼氏!男の意地を見せるか?」
「しかし彼女も粘る。」
「並んだ並んだ!どっちだ?」
「彼氏だ!僅かだが彼氏が優勢にに見えます。」
「彼女も強いレースをしたが、速かったのは彼氏!」
もちろん、この後…
「あんたが先にゴールしてどうすんのよ!」
「ごめーん!次走で!」
「連闘しなさい!」
「連闘は無理ぃー!」
そんなこんなで競馬ファンのカップルの夜はふけていくのであった…