土曜、朝目覚める。
酒も残ってない。
悪くない気分。
朝食をすませ、歯を磨き、まだ時間はある。
2月以来の東京開催。
焦る気持ちはないが、朝一からやりたい。
馬頭観音に行ってからパドックへ。
ゆっくりと落ち着いて行きたい。
そうだ、花を買って行こう。
藤岡康太騎手の献花台があるはず。
朝からやっている花屋は…
多摩霊園まわりのコンビニは、花を置いてあるところあった気するな…
よし、決まった!
4月にしては高い気温。
その中を風を切って坂を下りていく。
コーナーをすぎたら競馬場が見えてくる。
追い越していく人たちの中、何人かは花を持ってる。
皆気持ちは同じか…
それは3階、ファーストキッチンの前にあった。
なんというか、とても立派な献花台。
すでに多くの花がそえられ、色とりどりに飾られていた。
こんなふうにしてもらえる騎手だったのだな…
写真を撮っている人もいたが、この記憶がなくなるなら、それはそれで良いと思い、記録は残さなかった。
俺はいつもこんなふうにしてしまう。
そこにいたのは夢か幻だったのではないかと思う。
なにかしら残しておけば、それは現実だったとわかるはずなのに。
気障かもしれないが、頭より心に残ってほしいのだ。
残ってほしいというか、その時の現在に残っていれば、それは残るべきものだったということかと。
忘れてしまえるなら、忘れてしまえばいい。
幸せになるひとつの方法かもしれない。
記録も記憶も、足枷になるものでなく、新しい一歩を踏み出す力でなければ…
メッセージを書き残すこともなく、献花、記帳し手を合わせた。
その後はいつものパターン。
パドックとコースを往復する。
レースの始まりを待っていると、なんとも言えない気持ちになる。
油断というか、ふとした瞬間に入り込んでくるものがある。
「俺は何をしにここにいるのか?」
「何がしたくてここにいるのか?」
もちろん、そんな難しい問いに答えはなく、目の前で紙幣が紙屑になるのを見ているだけ。
そこで風に吹かれているのは愚かものだ。
スタンド、風。
ちぎれ飛んでいく疾走音。
400キロの肉の塊がこちらに向かってくる。
その迫力、恐ろしさは身体でしかわかるまい。
言葉にできることじゃない。
そこにいたものにしかわからない。
すべてのレースが終わり家路へ。
今日はもう人に会いたくないと、酒と肴を買う。
家で1人、誰にも邪魔されずに酔いたい。
もうだれも、もうなにも、傷つかなくていい。
そんなヒムロック気分。
翌朝、目覚めると何もする気がしない。
競馬打つのやめようかな…
でも、それは彼が望んだことじゃないだろう。
すこし、何かを振り絞って立ち上がる。
昼飯を仕込み、掃除を済ませる。
タバコに火をつけ、パドックがまわり始めるのを待つ。
今日もまた始まるのだ。
Xを立ち上げ、スペースを始める。
いつもの日曜、いつもの「つのちゃん」
そういや、「りっちー」は忙しいゆーてたな。
「おはよう。」
「おはよう。昨日、献花してきたよ。」
「ええことしたな。」
「しかし、自分より若いもんがおらんくなるのは堪えるな。」
「そやな。」
「G 1を勝った騎手が、リアルタイムでなくなるの初めてかもわからんわ。」
「そか。わしも岡潤一郎の時は堪えたで。これからちゅう時に…」
「やれんのう。」
「やれんよ。」
「ほいでも競馬は続いていくしな、金があるのに打たんゆーのは、彼が望むことやないやろうけな。」
「そや。」
「ほいなら、今日もはじめるか。」
「どこからいく?」
午前中、「つのちゃん」が2安打くらいで調子は悪くなさそう。
コツコツとだが重ねる、いつものスタイル。
あいかわらず素晴らしい。
「おめでとう!さすがやなあ。」
「あざっす!ほやけど、あんたみたいに一発がないけんな。」
そんなやりとりをして昼飯。
午後イチでピロ理論炸裂。
万券まではいかないが、追加入金間際の逆転打が出た。
「当たったわ。」
「おめでとう!けっこうつくんやないの?」
「たいしたことないやろ?勝ちまではいかん。とりあえずは捲ったけど。」
「あんたは大きいのがあるけんなあ…」
メインのマイラーズカップを「つのちゃん」がきっちり取り、外れ続けた俺は最終勝負と思い、メインは軽くすませた。
まずは福島最終…
「3と4が良く見えるな。あとは…ん?永島まなみセブンストリートが7番?これやろ?これで決まりやろ?」
「ええかもわからんな。まなみのは地方から戻りか…」
「足算馬券やし、3-4の2連系じゃ逆転はないし…3連複1点か?」
「なんぼつくんや?」
「んー。10倍くらいか…思いきって普段やらん3連単ボックスにしたろかな?」
「おっ!いくか?」
「えーい!いったれぇ!」
「わしはどこ買うかな…」
続いて京都最終。
パドックは上位人気3頭が良く見える。
1番人気川田ディキシーガンナー、2番人気武豊ディアサクセサー、3番人気坂井瑠ストリンジェント。
人気馬に名手で固く収まりそうに見えるが…
少し怪しい気はするし、これでは逆転にならん。
ここも普段やらない、3頭決着でガミなら仕方なし、3列目になんか変なのこい3連複フォーメーション!
東京最終は、単勝1倍台の1番人気戸崎ウェイワードアクトで仕方なし、2番人気の鮫島克シゲルソロソロが抜けでなんとか逆転、1着固定3連単を仕込む。
大穴ならこれと12番人気大野ファイブレターから少しだけ3連複。
買い切ってスマホから頭を上げると、もう福島の最後の直線だった。
1番人気3番スマートハンターが抜け出す。
外から2番人気7番セブンストリートが並びかける。
さらに外から…4番だ!
3番人気佐々木ヒルズカーンがすごい脚でやってくる!
「お!これできたんやない?3頭抜けた!ボックスやけ、どうなっても当たりや!」
「おめでとう!なんぼついた?」
「わからん、とりあえず3連複は買った時10倍はあったはず…」
「おー!あとは3連単やな。やったやん!」
レース確定。
3連複は12倍、3連単は75.6倍と思ったよりついた。
「よっしゃぁ!逆転や!土曜の現地負け分まで捲ったかな?」
「素晴らしい!おめでとう!やるねぇ!」
「んー、現地分入れたら週末トントンやな。」
「まだ仕込んどんやろ?」
京都の最終は、あっさり角田カミーロが抜け出し1着でゴール。
けっこう広めに買ったつもりだが、見事に抜け。
2着に川田ディキシーガンナー、3着武豊ディアサクセサー。
3連複は22倍と、所謂「うちではやってない。」配当。
4着の13番人気ミキノプリンスは持ってたけれど、2-3-4着では払戻せない。
こちらなら150倍くらいあったのに…
東京の最終は戸崎ウェイワードアクトが楽勝。
直線入っても持ったまま。
2着にすんなりと2番人気シゲルソロソロ鮫島克で終戦。
「つのちゃん」が見事ゲット!有終の美を飾った。
けっきょくのとこ、最終仕込みは福島のみ。
だが、7番のセブンストリートの足算馬券で逆転と、ピロ理論的に大きな収穫であった。
ちなみにこの出目は編集長がよく使う。
最終レースはサヨナラで3-4-7なのだ。
最終、迷ったらとりあえずは3-4-7を仕込む。
俺は最後で3-1-5なんだけどね。
3-1-5は午前中に出ることが多い気がする。
この時間帯にこの出目は買い難いんだよなあ…て、いつも思う。
先週から、1人になると少し気持ちが落ちる。
どこかに帰りたいわけでも、帰るところがあるわけでもないのに、中原中也の帰郷が聞こえてくる。
「ああ おまへはなにをして来たのだと…吹き来る風が私に云ふ」
死んだ子の歳を数えるようなことが俺にもある。
だからこそ今なのだけれど、今はすぐに流れ去り、どこにいるのかわからなくなってしまう。
自分も向かっている場所に、先に着いたものたちを、追いかけてはならぬとわかってはいるが…
いっとき、すべてを忘れられる、酒、女、博打も、いつまでもは続かない。
気力も体力も財力も限りがある。
繰り返しの日々を繰り返しながら、旅の風に吹かれるもならず、週末になればスタンドに立ちつくすだけ。
「おまえさん、ずいぶんと好き勝手に、おもしろおかしく暮らして来たんだろ?いまさら何を欲しがるよ?」
「そんなに面白いこともなかった気がするよ。だからといって、もうここらでよかと言えば、介錯してくれるわけでもなかろ?最後まで見続けなきゃならんだろうね。おもしろきことなきよを。」
「そういうところが、おまえさんが世の人に嫌われるところだろうね。わたしは嫌いじゃないけれど。」
「そうかい、ありがとうよ。なにもでないぜ?」
別れがあれば出会ってしまう。
望むと望まざるとにかかわらず。
愚かと感じるか、また歩けると思うか…
まあ何を思おうが…
岩は転がり続けるし、賽子も振られ続ける。