桜が散り、皐月がすぎ、青葉の頃となった。
もちろん競馬の話で、季節的には旧暦とのズレを感じて当然だろう。
ひょっとしたら旧暦から新暦に変わり、日本人の体感もずれてしまったのではないか?
温暖化などのこともあると思うが、季節の変わり目は身体がついてかないなんてことも、気圧や温度変化への対応で科学的にも説明がつく現代。
言葉と身体の感覚で生きてきたのが人とするなら、我々のDNAに刻まれたものは違和感を持ち続けるのかもしれない。
サラブレッドの血統を8代から見るようになると、一つに集約されたものが時を経て拡散される。
それは潮の満ち引き、月の満ち欠けのようで、太古の昔から、生命の誕生から繰り返された律動で、新しいものは古きもので、古きものは新しいものなのかと思う。
土曜の朝テレビをつけると、たくさんの人がパドックにいた。
青葉賞とはいえ土曜…そんな注目馬がいたかな?なんて思っていると…
なんのことはない、フリーパスの日だった。
砂糖に群がる蟻?ほいとの群れ?
そこまで言わないけど、なんと暑苦しいものかと。
そんなとこにおって楽しい?
私は土曜の競馬場が好きだ。
東京競馬場しか知らないけれど。
朝、1レース前のパドックに間に合うかどうかで到着。
だいたいは悪友の方が先についてて、ビール片手に登場する。
私の方が先の時は、昨日まで仕事大変だったんだろうな…
昼ご飯までに来れるかな?なんて。
昼休憩まではまばらなパドック。
青葉の頃なら影に入ると少し肌寒さを感じたり。
薔薇が咲き始めてて、オークスやダービーを意識したり。
朝の澄んだ空気、閑散としたパドック、静かなスタンドから富士山、ゆっくりと始まる第1レース。
競馬との間に壁も混じり気もない時間。
どうしても人は集まると加速する。
博打的な人も、スポーツ的な人も声が大きくなる。
私は、私と悪友と競馬だけでいい。
誰かと何かを分かち合いたいとは思わない。
隣に立っている男とも無理には。
背中を任せられる男と、背中合わせで戦う。
悪友はいろんなことを乗り越えてきた戦友でもある。
お互いに厳しいことも言う。
それは背中を任せているからだろう。
青葉の頃、思い出す馬がいる。
スキルヴィング。
青葉賞で3連単まで取らせてもらったこともあるが、あんなパドックの雰囲気で楽に勝ち切るんだ…という驚きが印象に残った。
馬券の頭に置いたのは、1番人気だし悪友も本命だしということだけ。
名前は忘れたが三浦の馬がすごく良く見えて、そこから松山の馬のワイドが本線だったと思う。
私の目にはパドックから買い目に入れる理由はなかった。
ダービーは四角…スタート位置あたりで見てたかな?
とにかくゴールを右に見て、かなり遠かった気がする。
スローでタスティエーラで、なんだかなあとゴールを迎えた。
現地だと細かいことまではよくわからなかったりする。
だが、どよめきでゴール過ぎたあたりで何か起こったとわかった。
どのようにそれがわかったかは記憶にないが、嫌な黒い予感。
どの馬か聞こえてきて、おそらく無理だろうと思った。
幕が張られたようだったからかな…
多くの声がいろんなことを言っていた。
俺は一刻も早くそこを去り、静かなところへ行きたいと思った。
最終まで打ったのだろうけど記憶にない。
とにかく嫌な声が聞こえなくなるところへ逃げたかった。
後で知ったか、競馬場にいる時だったか…
ここだけじゃない、無事なら先もあったろうに、なんでダービーで…
歯噛みした口から漏れる言葉はやりきれなさしかない。
悪友は前年の歓声に驚き出遅れた話をしながら、よりによってダービーでなんだよな…
別に御涙頂戴な話にしたい訳じゃない。
多くの人のように明日には忘れていることかもしれない。
かといって、ずっと覚えていて語り続けるわけではない。
好きな馬だったわけでもない。
なんだろう?哀しさなのか?
目の前で見たものを受け止めたら涙が滲んだ。
なんとも言えない悔しさが歯噛みの記憶として残った。
私が表し記すのはここまで。
戦友たちにも正確に伝わるか、正確に捉えてもらえるかわからない。
自分の気持ちを何かに乗せて、川に流したり、空へ放ったり…
その時に捕らわれた空気、感じていた風。
そんなとらえようも、伝えようもないこと。
口に出してもどうしようもないこと。
それでも溢れ出、絞り出すもの。
戦友たちは私が何かを伝えたいのだと、理解しようとせず静かに聞いてくれる。
誰かに伝えようとか、わかって欲しいなんて、この歳になって思わない。
若い頃なら、理解して欲しくて、わかった顔にむかついて、酒を飲んで理不尽だったけれど。
言葉なんて捉えようがなくて…
捕まえたと思った瞬間な手の隙間から逃げていくもの。
触れたり、抱き合ったりで伝わることの方が多いのではないか?
なぜ、その不完全な道具で…
不完全なのは道具ではなく、使うものか…
それでも身体は覚えている。
あの光を、あの風を、あの匂いを。
青葉の頃、私の周りあったものを。
スキルヴィングは光り輝く緑の中で、夏への扉を開く鍵になったのだ。
ちょっとしんみりしちゃったから最後に和田竜二引退の言葉を。
間違ってたらごめんだけど、調べたらJRAのG1勝利てテイエムオペラオーの7つと、ミッキーロケットの宝塚記念だけなんだね。
ダートのイメージはあったし、勝負強いイメージもあったけど…
ダービージョッキーで後輩しばいたりする人たちがたくさん勝ってるのに…
なんて思ったけど、引退の言葉を聞き、師匠から受け継いだであろうものを感じ、これでいいのだと思った。
若くして、史上最強論争に上がる馬に出会い、その後を思うと腐ってもおかしくなかったと思う。
そんな和田竜二を支え続けた師匠岩元市三の言葉とは?
「自分の心に曇りを感じることはするな。」
これがバンブーアトラスで東京優駿を制した男の…漢の言葉だ。
艱難辛苦、臥薪嘗胆、武士は食わねど高楊枝ではないが誇りを失わず、精神は清く気高く持ち続ける。
志は、義と仁なのだろう。
競馬は競技か、博打か?
法律的には日本競馬は禁止された遊びを許された博打でしかないのだが…
それを理解できない人にも響くのではないか?
相手に問うことではない。
もう一度書く。
「自分の心に曇りを感じることはするな。」
これが日本ダービージョッキーの言葉だ。
技術は洋才かもしれないが、この和魂があるから日本競馬は強いんだと思う。
日本人は戦いに敗れても魂は負けなかった。
人道の外の力にも、恨まず、腐らず根を生やした。
真似をしていい大人は少なくなり、金に踊り踊らされるものが耳目を集める。
だが、言葉は残る。
もう一度書く。
「自分の心に曇りを感じることはするな。」
これが第49回ニッポンダービージョッキー岩元市三の言葉だ。
それだけで日本競馬は素晴らしいと胸を張れると思う。
最後に余談。
なんでバンブーアトラスて気になるんやろと思うた。
ジムフレンチだからなんだろうと思ってたけど、同級生やった。
