最終レース、347らの向こうへ

最終レース、347らの向こうへ

土曜、朝目覚める。
酒も残ってない。
悪くない気分。
朝食をすませ、歯を磨き、まだ時間はある。
2月以来の東京開催。
焦る気持ちはないが、朝一からやりたい。
馬頭観音に行ってからパドックへ。
ゆっくりと落ち着いて行きたい。

そうだ、花を買って行こう。
藤岡康太騎手の献花台があるはず。
朝からやっている花屋は…
多摩霊園まわりのコンビニは、花を置いてあるところあった気するな…
よし、決まった!

4月にしては高い気温。
その中を風を切って坂を下りていく。
コーナーをすぎたら競馬場が見えてくる。
追い越していく人たちの中、何人かは花を持ってる。
皆気持ちは同じか…

それは3階、ファーストキッチンの前にあった。
なんというか、とても立派な献花台。
すでに多くの花がそえられ、色とりどりに飾られていた。
こんなふうにしてもらえる騎手だったのだな…

写真を撮っている人もいたが、この記憶がなくなるなら、それはそれで良いと思い、記録は残さなかった。
俺はいつもこんなふうにしてしまう。
そこにいたのは夢か幻だったのではないかと思う。
なにかしら残しておけば、それは現実だったとわかるはずなのに。
気障かもしれないが、頭より心に残ってほしいのだ。
残ってほしいというか、その時の現在に残っていれば、それは残るべきものだったということかと。
忘れてしまえるなら、忘れてしまえばいい。
幸せになるひとつの方法かもしれない。
記録も記憶も、足枷になるものでなく、新しい一歩を踏み出す力でなければ…

メッセージを書き残すこともなく、献花、記帳し手を合わせた。
その後はいつものパターン。
パドックとコースを往復する。
レースの始まりを待っていると、なんとも言えない気持ちになる。
油断というか、ふとした瞬間に入り込んでくるものがある。

「俺は何をしにここにいるのか?」

「何がしたくてここにいるのか?」

もちろん、そんな難しい問いに答えはなく、目の前で紙幣が紙屑になるのを見ているだけ。
そこで風に吹かれているのは愚かものだ。

スタンド、風。
ちぎれ飛んでいく疾走音。
400キロの肉の塊がこちらに向かってくる。
その迫力、恐ろしさは身体でしかわかるまい。
言葉にできることじゃない。
そこにいたものにしかわからない。

すべてのレースが終わり家路へ。
今日はもう人に会いたくないと、酒と肴を買う。
家で1人、誰にも邪魔されずに酔いたい。
もうだれも、もうなにも、傷つかなくていい。
そんなヒムロック気分。

翌朝、目覚めると何もする気がしない。
競馬打つのやめようかな…
でも、それは彼が望んだことじゃないだろう。
すこし、何かを振り絞って立ち上がる。
昼飯を仕込み、掃除を済ませる。
タバコに火をつけ、パドックがまわり始めるのを待つ。
今日もまた始まるのだ。

Xを立ち上げ、スペースを始める。
いつもの日曜、いつもの「つのちゃん」
そういや、「りっちー」は忙しいゆーてたな。

「おはよう。」

「おはよう。昨日、献花してきたよ。」

「ええことしたな。」

「しかし、自分より若いもんがおらんくなるのは堪えるな。」

「そやな。」

「G 1を勝った騎手が、リアルタイムでなくなるの初めてかもわからんわ。」

「そか。わしも岡潤一郎の時は堪えたで。これからちゅう時に…」

「やれんのう。」

「やれんよ。」

「ほいでも競馬は続いていくしな、金があるのに打たんゆーのは、彼が望むことやないやろうけな。」

「そや。」

「ほいなら、今日もはじめるか。」

「どこからいく?」

午前中、「つのちゃん」が2安打くらいで調子は悪くなさそう。
コツコツとだが重ねる、いつものスタイル。
あいかわらず素晴らしい。

「おめでとう!さすがやなあ。」

「あざっす!ほやけど、あんたみたいに一発がないけんな。」

そんなやりとりをして昼飯。
午後イチでピロ理論炸裂。
万券まではいかないが、追加入金間際の逆転打が出た。

「当たったわ。」

「おめでとう!けっこうつくんやないの?」

「たいしたことないやろ?勝ちまではいかん。とりあえずは捲ったけど。」

「あんたは大きいのがあるけんなあ…」

メインのマイラーズカップを「つのちゃん」がきっちり取り、外れ続けた俺は最終勝負と思い、メインは軽くすませた。
まずは福島最終…

「3と4が良く見えるな。あとは…ん?永島まなみセブンストリートが7番?これやろ?これで決まりやろ?」

「ええかもわからんな。まなみのは地方から戻りか…」

「足算馬券やし、3-4の2連系じゃ逆転はないし…3連複1点か?」

「なんぼつくんや?」

「んー。10倍くらいか…思いきって普段やらん3連単ボックスにしたろかな?」

「おっ!いくか?」

「えーい!いったれぇ!」

「わしはどこ買うかな…」

続いて京都最終。
パドックは上位人気3頭が良く見える。
1番人気川田ディキシーガンナー、2番人気武豊ディアサクセサー、3番人気坂井瑠ストリンジェント。
人気馬に名手で固く収まりそうに見えるが…
少し怪しい気はするし、これでは逆転にならん。
ここも普段やらない、3頭決着でガミなら仕方なし、3列目になんか変なのこい3連複フォーメーション!

東京最終は、単勝1倍台の1番人気戸崎ウェイワードアクトで仕方なし、2番人気の鮫島克シゲルソロソロが抜けでなんとか逆転、1着固定3連単を仕込む。
大穴ならこれと12番人気大野ファイブレターから少しだけ3連複。

買い切ってスマホから頭を上げると、もう福島の最後の直線だった。
1番人気3番スマートハンターが抜け出す。
外から2番人気7番セブンストリートが並びかける。
さらに外から…4番だ!
3番人気佐々木ヒルズカーンがすごい脚でやってくる!

「お!これできたんやない?3頭抜けた!ボックスやけ、どうなっても当たりや!」

「おめでとう!なんぼついた?」

「わからん、とりあえず3連複は買った時10倍はあったはず…」

「おー!あとは3連単やな。やったやん!」

レース確定。
3連複は12倍、3連単は75.6倍と思ったよりついた。

「よっしゃぁ!逆転や!土曜の現地負け分まで捲ったかな?」

「素晴らしい!おめでとう!やるねぇ!」

「んー、現地分入れたら週末トントンやな。」 

「まだ仕込んどんやろ?」

京都の最終は、あっさり角田カミーロが抜け出し1着でゴール。
けっこう広めに買ったつもりだが、見事に抜け。
2着に川田ディキシーガンナー、3着武豊ディアサクセサー。
3連複は22倍と、所謂「うちではやってない。」配当。
4着の13番人気ミキノプリンスは持ってたけれど、2-3-4着では払戻せない。
こちらなら150倍くらいあったのに…

東京の最終は戸崎ウェイワードアクトが楽勝。
直線入っても持ったまま。
2着にすんなりと2番人気シゲルソロソロ鮫島克で終戦。
「つのちゃん」が見事ゲット!有終の美を飾った。

けっきょくのとこ、最終仕込みは福島のみ。
だが、7番のセブンストリートの足算馬券で逆転と、ピロ理論的に大きな収穫であった。
ちなみにこの出目は編集長がよく使う。
最終レースはサヨナラで3-4-7なのだ。
最終、迷ったらとりあえずは3-4-7を仕込む。
俺は最後で3-1-5なんだけどね。
3-1-5は午前中に出ることが多い気がする。
この時間帯にこの出目は買い難いんだよなあ…て、いつも思う。

先週から、1人になると少し気持ちが落ちる。
どこかに帰りたいわけでも、帰るところがあるわけでもないのに、中原中也の帰郷が聞こえてくる。

「ああ おまへはなにをして来たのだと…吹き来る風が私に云ふ」

死んだ子の歳を数えるようなことが俺にもある。
だからこそ今なのだけれど、今はすぐに流れ去り、どこにいるのかわからなくなってしまう。
自分も向かっている場所に、先に着いたものたちを、追いかけてはならぬとわかってはいるが…
いっとき、すべてを忘れられる、酒、女、博打も、いつまでもは続かない。
気力も体力も財力も限りがある。
繰り返しの日々を繰り返しながら、旅の風に吹かれるもならず、週末になればスタンドに立ちつくすだけ。

「おまえさん、ずいぶんと好き勝手に、おもしろおかしく暮らして来たんだろ?いまさら何を欲しがるよ?」

「そんなに面白いこともなかった気がするよ。だからといって、もうここらでよかと言えば、介錯してくれるわけでもなかろ?最後まで見続けなきゃならんだろうね。おもしろきことなきよを。」

「そういうところが、おまえさんが世の人に嫌われるところだろうね。わたしは嫌いじゃないけれど。」

「そうかい、ありがとうよ。なにもでないぜ?」

別れがあれば出会ってしまう。
望むと望まざるとにかかわらず。
愚かと感じるか、また歩けると思うか…
まあ何を思おうが…
岩は転がり続けるし、賽子も振られ続ける。

pirocks

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