旗日の月曜、俺と競馬上司は現場にいた。
セントライト記念が行われる中山競馬場に!
んなわきゃない!
貧乏人の底辺ワーカーにそんな余裕はない。
ちゃんと仕事現場にいた。
俺の馬券は前日仕込み。
上司は横で合間にピコピコやってた。
日曜のメイン、ローズステークスでかなり浮いたらしく、鼻歌混じりなのが微妙にムカつくが、よく昼飯をご馳走になっているので我慢した。
ローズステークスの話を少し。
「ルメールと川田どうなん?」
「牡馬とクラシック戦ってきたのと、オークス最先着馬やけんね。どうもこうもないやろ?」
「安うても、しゃあなしか…」
「しゃあないやろ?いくら大外ゆーてもルメールやしな。決め手は抜けとるやろうけんな。」
「そやなあ…」
「まあ、今の馬場が内がええんか外がええんかわからんし、それを理由にどっちか切ってもええ気がせんでもないがの。」
なんてな、やりとりを「つのちゃん」としてた。
そのうちパドックが始まり、最後に映った馬を見て、かつて神と呼ばれたギターリストと同じようなシャウトをした。
「レガ…レイラァァァァァ!」
あれを見たら買わずにはいられない。
大外だろうが、旦那がいようが関係ない!
俺はあの子に惚れたんだ!
「レガ…レイラァァァァァ!」
レースが始まりデュアンオールマンのスライドバーが指板を滑るように、川田将雅が滑らかにクイーンズウォークを導いていく。
まるでシルクのような手触り…さすがシルクホースクラブ!とまではうまくいかなくて、サンデーサラブレッドクラブでした。
最初は小さな音だったものが、クライマックスに向けどんどん高く大きくなっていく。
その旋律に酔わされ、天にも昇るような気持ちを迎えフィニッシュ!
レガレイラは直線、大外をよく追い込むも5着。
労働の対価として与えられた、俺の子供のようなお金たちは涙とともに天国へ…
今日も競馬と1日が終わり、気怠いイントロが流れ氷室京介が歌い出す。
俺はそれを受け止め、アルジャーノンに贈る花束を探す。
そして気付く、それを買う金は今賭けちまって溶けちまった…
ま、よく考えたら、川田将雅の中京実績、レガレイラのスタートの遅さと距離不足etc…
なんぼでも買える理由はあったよね。
もちろん、後のフェスティバルのタラレバってことは承知の介。
悪い時は悪い方に思考が流れ込むってことを忘れないで欲しい。
俺はいま、まったく当たる気がしない。
今の状態で当たるとしたら、罠や事故に気をつける。
とにかく悪い。
ただ悪いののええことは、まぐれ当たりがない。
当たるとしたら、流れが変わるとしたら、ちゃんと自分の中で説明がつく当たりだと思う。
ここまでくると、焦りとかつまらなさを超える。
来週の3連休は多摩川競艇の準優、優勝戦の日程みたいだし、競馬がダメなら競艇がある!
それくらいの気持ちでないと…やっとれるか!
てかさ、当たりも恋もさ、数をこなすのとモテてることは同じじゃねぇんだぜ!て感じだよな?
例えばさ、ギターリストだったりするじゃん?
あの音も、あの形も欲しいって、たくさんギターを買ったりするじゃん?
俺はそうじゃねぇんだよな。
気に入った1本をずっとそばに置いておく。
そいつとの蜜月が終われば、そいつを気に入ったやつに渡して、俺はまた違うギターを手にする。
たくさん持ってた時期もある。
でもいつからか、アコギとエレキ1本ずつにした。
腕は2本しかないし、俺は1人しかいないから。
1度にそんなに多くを愛せないから…
そんな不器用な男だから、ギターを抱いて田舎を飛び出したのさ。
俺が言うと嘘に聞こえるだろ?
ほんとなんだぜ…俺にはお前だけさ。
仕事が終わり帰途につく。
レースを見返して、隣で競馬上司がぶつぶつと…
「あの男がいなければ…よけいなことしやがって…」
「4着も5着も6着もある…あいつが…」
「クソッ!こうなったら週中の地方競馬で…」
「今週はなんかやってないか?」
骨折以降、上向いたのか、わりと大きな払戻をいくつかしてるのに贅沢なことだ。
横には1つも当たらない男がいるってのに…
「中央がダメだった時に高知で取り戻す人いるらしいすよ。」
「え?高知?」
「そうっす。高知がわりとワイドで1000円くらいついたりするらしいっす。」
「そうなんだ。」
そこからまたぶつぶつと…
「ええっと…1.7倍?他は?」
「これは距離短縮、これは延長…」
「どうやったらこんなオッズになる?」
「意味がわからん…」
「どう買えば良いのか…」
「これをこうやって…つかん。」
「こうか?厚目に…こうやって…」
大丈夫かな?
この人、骨折以外の病気かな?
「レースはどこで見るの?」
「ネットで見れますよ。」
「YouTubeでしょ?」
「地方競馬ライブとかなんとかてので、パドックから見れるはずですよ。」
「YouTubeでしょ?」
「だからぁ…ネットで地方競馬ライブで検索してください!」
「地方競馬ライブね…」
「じゃ駅に着いたんで帰りますよ。お疲れ様でした。」
「お疲れ様!」
改札でピッ!
やべぇ…入金せな…
ほんま金ないのう…
まあ悩んでもしゃあないか…
仕事行かな銭にならんけんのう…
競馬打っとる場合じゃないか…
競艇か?
いや、そうじゃないやろ?
そうはならんやろ?
お前何を考えとんか?
パチンコは?
一緒じゃ!
酒は?
休みの前の日に飲み過ぎなええんやない?
なんてな1人遊びをしてると最寄駅に到着。
腹減ったのう…
晩飯なんにするかのう…
家でカップ麺しかないのう…
銭がないのは哀しいのう…
ピロン!
メールか…この時間に誰や…
「高知当たりました!」
まぢか?なんぼついたんやろ…
ピコピコっと…
「けっこうついたすね。」
「3連単だったんですが、配当見ると3連複でよかったですね。」
「まあなんにせよ、おめでとうございます。」
流れはまだ競馬上司のとこにあるのか…
今週末は俺じゃなくて競馬上司の予想上げたろかな…
しかしほんま、勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしやな。
苦しい時、辛い時こそ他人のため。
自分のためだけにやるやつは負ける。
金を残すは三流、名を残すは二流、人を残すは一流か…
博打は人の底が出る。
どんなに着飾っても、煩悩に塗れた汚い己が見える。
最後の博徒と言われた人は、どんな人だったんだろうね?
そんな人でも、人の眼鏡じゃ曇って見えたりして。
どこから見るかで違うやろうしね。
ま、明日が来ることに賭けて、こんな日は早く寝ますか…